きんと張りつめた冷たい空気の中に、梅の香りが漂ってくる季節となりました。梅はバラ科に属する花木といわれています。
今回ご紹介するのは、削ると甘いスウィーツのような薔薇の香りがする事から、ローズウッドと呼ばれる高級木材を使用した、大変稀少なヴィクトリアンエッチングキャビネットです。
時はヴィクトリア朝後期・・・
ヴィクトリア女王がイギリスを統治していたこの時代は、産業革命による経済の発展と、芸術・美術においても黄金期をむかえイギリス史において、最も輝かしい時代と言われています。良き夫であるアルバートの助言によってイギリス帝国を繁栄させ、9人の子供をもうけて幸福な結婚生活を送った彼女は「世界一幸福だった女王」といわれ、イギリス国民だけでなく、世界中の王室のモデルとなりました。
白いウェディングドレスもヴィクトリア女王から始まったものと言われています。当時の上流階級の婚礼の衣裳は色が濃く、金糸や銀糸などで装飾したゴージャスなものが主流でした。アルバート公への深い愛情と純潔を表すために乳白色のシルクサテンのドレスを着用したことから、白いドレスは多くの女性の幸福な結婚の象徴となりました。偶然にも今月はヴィクトリア女王とアルバート公が婚礼の儀をあげた月です。(1840年2月10日)その輝かしいヴィクトリア時代の栄光がこのエッチングキャビネットにもみられます。
使用された木材は冒頭でもご紹介した薔薇の香りのするローズウッド。まるで墨を流したかのような縞模様の木目が大変美しく、丈夫で重く、また素晴らしく磨きが利く事から、高級家具、楽器、施盤細工などに多く用いられています。この木材で、家具をオーダーできた依頼主の裕福さと高貴さを表しています。
そして目を引くのは、頭頂部(クレスティング)のヘッダーに大きくあしらわれた優美な曲線のMとEのモノグラム。2つ以上の文字が複雑に絡み合い美しいデザインを生むモノグラムは、王侯貴族の権威の象徴として、また所有物への印として、欧州の歴史の中で無くてはならない文字装飾の文化の一つです。
モノグラムが刺繍されたリネン、刻まれたジュエリーなどのコレクターもいますが、このキャビネットのように、家具のヘッダーにあしらわれたものは大変珍しく貴重で、この家具が何か特別な目的でオーダーされた事が窺がえ知れます。
キャビネットの扉にはめ込まれたエッチングガラス。ガラスの表面に型紙等で保護部分を作り、それ以外の部分を硫酸等の薬品を用いて腐食させる事によって装飾するガラス技法の一つで、アール・ヌーヴォーの代表的なガラス作家、エミール・ガレやドーム兄弟の装飾技法としても広く知られているように、その多くはフランスにみられるものです。
中央にみられる開いた本と剣の上で羽ばたく梟の幼鳥とみられる可愛らしい鳥。梟はその性質から、森の守り神・知性の象徴、又、ヨーロッパでは学問・芸術の女神アテネの聖鳥、神の使い手として知られ、幸福を運ぶ鳥として人々に愛されてきました。「目を開けている時は世の中をしっかり見つめ、目を閉じているときは自分の夢を育てる」「羽を広げた梟をみると幸運が訪れる」という言い伝えもあり、この家具が幸運と知性をもたらす象徴として、制作されたものである事が確信できます。
ローズウッド、モノグラム、エッチングガラス、梟・・・最高級のローズウッドを材料に選び、知性と幸福の梟を描いたエッチングガラスをその扉にはめ込み、さらにヘッダーに究極のオーダー品の証しともいえるモノグラムを彫りこんだ完全フルオーダーのヴィクトリアンキャビネット。
この家具の所有者の特別な思いが、このキャビネットを二つとない究極の装飾芸術へと昇華させました。文学と芸術を愛した、さる高貴な人物が(フランスに遊学した経験がある方かもしれません)嫁いでいく大切な娘ために、もしくは生まれてきた可愛らしいわが子のために、幸福と家族の繁栄への思いをいっぱいに籠めてオーダーした愛が溢れるキャビネット・・・
そんな想像へと私達を誘います。このキャビネットに高貴さと重厚さと同時に、なぜか暖かさと優しさを感じるのはそのせいでしょうか。ヴィクトリア時代の豊かな繁栄と、幸運をもたらす鳥達が囀るヴィクトリアンエッチングキャビネット・・・甘い薔薇の幸せの香りとともに、持ち主に幸福と繁栄をもたらしてくれた事でしょう・・・。