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夢織のおすすめ商品

ゴーティエ サロンチェア<br />
1901~1910年頃 フランス ウォルナット

ゴーティエ サロンチェア
1901~1910年頃 フランス ウォルナット

19世紀末、フランスにアール・ヌーヴォーという革新的な芸術が花開きます。新時代の芸術は、ガラス工芸の常識を塗り替え、曲線的なフォルムや表現豊かな家具、耽美的でロマンティックな彫刻や絵画を産み出しました。やがて活動は室内調度の範疇を超え、アール・ヌーヴォースタイルの建築が生まれます。パリやナンシーといったアール・ヌーヴォーの中心的都市には、芸術的で蠱惑的な建築が建ちはじめ、人々はその建物を「アール・ヌーヴォー邸」と呼びました。

本品は、新しい芸術を取り入れた建築「アール・ヌーヴォー邸」から譲り受けたサロンチェアです。元々は、ソファ、アームチェア、チェア、スツール、テーブルの圧巻のサロンセットにてYUMEORI夢織が入手した逸品です。制作に当たったのは、エミール・ガレが中心人物となってナンシーに立ち上げた芸術家集団「ナンシー派」の作家カミーユ・ゴーティエです。ナンシーやパリで芸術を学び、アール・ヌーヴォーの巨匠ルイ・マジョレルの工房に入門、やがて象嵌細工全般を任されたことによって、木材の特徴を知り尽くした芸術家です。

世紀末の美に囲まれる御邸の生活。サロンに集う選ばれたゲスト達。そこで交わされた会話、演奏された音楽、朗読された詩。御邸の人々の思い出と寄り添って生きたサロンセット・・・遠いベルエポックのうたかたの日々が、華やかな残り香となってサロンを取り巻いています。

  • 1.カミーユ・ゴーティエ

    1.カミーユ・ゴーティエ

    ナンシーの美術学校を卒業したカミーユ・ゴーティエ(1870-1963)は、1891年にパリの装飾芸術学校に入学します。卒業後ナンシーに戻り、1894年、マジョレルの工房に採用されます。世界各国から5100万人の来場者を集め「アール・ヌーヴォーの万博」と評された1900年パリ万博に作品を出展し、高い評価を受けます。木材の特徴を熟知し技巧に長けたゴーティエは、椅子張替職人のポール・ポワンシニヨンの経済的援助を得て、1901年自身の工房を設立します。 ■画像:本品(チェア)と共に制作されたゴーティエサロンセット【YUMEORI夢織所蔵】

  • 2.ゴーティエの功績

    2.ゴーティエの功績

    起業したゴーティエは才能をさらに発揮し、精力的に創作活動を行います。巨大な工房を設け、オリジナリティ―溢れる家具作品を展示場と作品集で紹介し、好評を博します。やがてゴーティエは、ナンシー派を代表する作家としてその名を轟かせ、アール・ヌーヴォー期を象徴するエベニスト(家具師)の一人として成長します。それを証するように、ガレやマジョレルと共にアール・ヌーヴォー期の偉大なエベニストとしてゴーティエは書籍で掲載されています。 ■書籍:「The Paris Salons 1895-1914」著者:Alastair Duncan

  • 3.芸術家ゴーティエのサロンチェア

    3.芸術家ゴーティエのサロンチェア

    彫刻表現が素晴らしいチェア。響き合う曲線の協演は見る者の眼を釘付けにします。伸びやかなラインを描き、隆起し、ひねりを加えながら座面に連結するデザイン。まるで植物として生命を得たかのようなみずみずしさ。複雑なフォルムの彫刻を、ウォールナットの明るくつややかな木肌が見事に演出しています。木材の性質を極めたゴーティエならではの芸術的な表現です。男性的な力強いフォルムでありながら繊細さを垣間見せる彫刻がゴーティエ作品の魅力であり、本品に表現されています。■Akemi Mandaプロデュースによるファブリック(張地)

  • 4.「新しい芸術」アール・ヌーヴォー<br />

    4.「新しい芸術」アール・ヌーヴォー

    フランス語で「新しい芸術」を意味するアール・ヌーヴォーは、19世紀末から20世紀初頭にかけて、革新的と評された芸術運動。自然を由来とする美意識に、当時パリで大流行していた日本の美術に影響を受け、ガレ、ドーム、ギマール、マジョレルなど数々の装飾芸術家が台頭しました。作家たちの感受性の鋭さが切り開いた新たな美の境地は、雄弁な有機的曲線が作り出す幻想の世界でした。本品に見られる微かに反る足先まで力強く弾力さえ感じさせる優美さはアール・ヌーヴォーを象徴しています。 ■画像:YUMEORI夢織 ショールーム帝国ホテル東京店

  • 5.1900年パリ万博

    5.1900年パリ万博

    19世紀末から20世紀への展望を示唆する1900年という記念すべき年に開催されたパリ万博は、史上最大のスケールを誇りました。会場以外にも、エッフェル塔やシャンゼリゼ、ヴァンセンヌの森に渡って開催され、世界中から5100万人の人出を集めました。この記念すべき祭典で世界の注目を浴びたのは、アール・ヌーヴォー芸術でした。ガレやルネ・ラリック、開催時期に開通したメトロのゲートを創作したエクトル・ギマールの受けた高い評価は、世界中にアール・ヌーヴォーを大流行させました。ゴーティエはマジョレル工房から作品を出品し世界中から称賛を浴びました。

  • 6.芸術家集団「ナンシー派」

    6.芸術家集団「ナンシー派」

    フランスのアール・ヌーヴォーには、芸術の都パリと、地方芸術都市ナンシーという2つの拠点がありました。1901年、フランス北東部、ロレーヌ地方の首都ナンシーで活躍するエミール・ガレに影響を受けた芸術家達は、ガレを会長、ルイ・マジョレルを副会長として、装飾芸術の新たな境地を切り開くべく芸術家集団「ナンシー派」を結成しました。建築家、彫刻家、工芸家、画家などが集まり、革新的な芸術を生活に反映させます。本品を制作したゴーティエは、「ナンシー派」を代表する作家です。■画像:YUMEORI夢織 帝国ホテル東京店「アール・ヌーヴォー展」