グランド・ツアー・・・16世紀後半から19世紀まで、イギリスをはじめドイツ、スゥエーデンの王侯貴族の子弟の間で、学業を終了する記念として、パリやヴェニス、フィレンツェ、ローマを遊学する大規模な国外旅行。グランド・ツアーにより、フランスの社交界で洗練された文化に触れ、イタリアの遺跡を訪れ芸術や美術・歴史・文学を学んだイギリス人貴族たちは、17世紀以降の自国の美術・建築・室内装飾の発展に大きな影響を与えます。英国史に残る建築家でありインテリアデザイナーのロバート・アダム(1728-1792)は、グランド・ツアーで目の当たりにしたローマの古代遺跡のグロテスク模様に感銘を受け、自身の代名詞となるアダムスタイルの室内装飾を確立します。
芸術の国イタリア発祥の装飾家具であるクレデンザを、フランス貴族趣味のセーヴル様式の陶板により装飾し、イギリスの誇る家具製作技術を駆使して製作された豪奢で特別なヴィクトリアンクレデンザ。極めて貴族趣味と言える本品は、グランド・ツアーによりイタリアとフランスの芸術観を取り入れ、黄金期を迎えたイギリスの繁栄を象徴する装飾家具と言えるでしょう。
7つの海を征した大英帝国時代のヴィクトリア女王治世下、栄華を知り尽くした時代がもたらした、「ほんものの贅沢」を教えてくれます。
フランス、イギリス、イタリアの装飾芸術が集結された陶板付クレデンザ。19世紀中期から後期は、イギリスとフランスの交易や文化的交流が特に盛んな時代です。フランス貴族好みのフランス製陶板画を使用した本品のような装飾家具を、家具製作に定評のあるイギリスで製作されていました。
本品のメインの陶板画である男女の風景画。牧歌的な風景は、ロココ絵画の一場面を彷彿とさせます。セーヴルスタイルのトルコブルーや、女性のドレスの淡いブルーと男性の紫の洋服などの鮮やかで深い色彩は低温で焼成されており、発色が美しいです。
上部に配置された3つの陶板画。中央には、メインの陶板と似た、貴族趣味による牧歌的な風景が美しく描かれています。その陶板画を中心に、両サイドには可憐な花々がシンメトリーに美しく配置され、その三つの陶板画の両脇を装飾する象嵌細工が、洗練美を演出します。
19世紀に行われたイタリアの古代都市ポンペイの大規模発掘は、ヨーロッパ中に古典的様式のリバイバルを巻き起こしました。発掘で明らかになった古代の豊かな暮らしや文化は、人々の想像をはるかに超えるものでした。「グランド・ツアー」で古典的建造物や芸術の素晴らしさを肌で感じ、帰国した上流の子弟は、帰国後、邸宅を古典的様式で改装したり、ローマ様式を模した庭園を造らせ新古典主義を流行させました。※写真「現代ローマの景観図ギャラリー」ジョバンニ・パオロ・パンニーニ
新古典主義をヨーロッパに流行させた中心人物は、イギリス人建築家ロバート・アダム(1728~ 1792)です。グランド・ツアーに旅立ったアダムは4年掛けてローマやポンペイの遺跡を巡り、ギリシャ・ローマの芸術に触れ、知的刺激を大いに受けます。帰国後貴族の邸宅を数多く手掛け、古典的様式を近代的に洗練させたデザインは、「アダムスタイル」とも呼ばれ、ヨーロッパ上流社会で大流行しました。本品のような陶板付き装飾家具はアダムの室内装飾にも見られます。※写真「ロバート・アダム」を代表する室内装飾ケンウッド・ハウス
ダイニングルームを豪華に演出する装飾家具クレデンザの発祥は芸術の国イタリアです。陶板を家具に装飾し始めたのは、1760年代、世界一のベルサイユ宮殿のあるフランスです。家具作家マーティン・カーリンによる陶板付きの家具を、ポンパドゥール夫人がこよなく愛し特注で製作させていました。イタリア、フランスの装飾芸術の伝統を取り入れ、ヨーロッパでも高い技術を誇るイギリスの家具製作を駆使して、本品は制作されています。 誇り高き英国貴族のサロンルームに設えていた情景が想起されます。