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熱と光の芸術、ガラス。約1400度の熱で溶かしたケイセキに、様々な金属や鉱物を溶かし入れ、色付け、成形し、冷却し、彫刻・彩色細工を施し、表面加工し、磨き上げるという、様々な段階を経て行われる創作。あらゆる工程の中において、些細な温度調節の計算ミスや、彫刻などの細工の狂いが、破損を生んでしまう…。制作の過程において、常に緊張感が求められ、積み重ねられる技によって、ガラスは一層美しく光をまといます。人はなぜ、このもろくも美しいガラスに魅かれ続けるのでしょうか。
ドーム工房。1800年代終わりから1900年代初頭まで、ヨーロッパを席巻した革新的な美的様式アール・ヌーヴォーを語る上で、欠くことのできないガラス工房。同じアルザス・ロレーヌ地方のナンシーで活動するエミール・ガレの芸術作品に大いに感化されながらも、新しいガラス技法を開発し、独自の道を切り開いた彼らの物づくりに対する真摯な姿勢は、作品の隅々に伺うことができます。
そのドームの真骨頂を象徴するドームテーブルランプ。繊細でどこか愛らしい姿に、ドーム工房の技法の神髄とエスプリが貫き通されています。初夏から、豊穣の秋へ…時の流れを物語る姿に、薫るベル・エポックの詩情。それでは細部を見ていきましょう。
シェード部分は、朝露を含んだ透明な空気が、ガラスに結晶したような姿。
そこかしこに舞い遊ぶイチョウの葉。重層的に組み込まれた色彩総てが共鳴して、イチョウ並木の光景を表現します。みずみずしい葉の間に、朝の陽が差し込みます。夏を迎え、実を結んだ銀杏の実が、そよ風にあおられ、優しくゆれます。高く上に向かうにつれ、色を濃くする青い空。並木越しに空を仰ぎ見る、初夏の散歩道。
シェードの素地には、ジヴレ(霧氷模様)が施され、夏の朝露に濡れた空を再現しています。上方に向かうにつれ、青、黄色の色粉ガラスが装着され、複雑な色のニュアンスを醸し出します。熱いガラス素地に色粉ガラスを定着させるヴィトリフィカッシオンは、ドームが好んで用いたガラス技術です。ロココ様式以前は、水晶のように透明なガラスが好まれていましたが、アール・ヌーヴォーの芸術家たちは色彩に変革をもたらしたのです。複雑な色彩を実現させるために、工房ごとに様々な技術が開発されました。様々な色を重ね、色の微妙で複雑な変化を作品に持ち込むことで、独自の芸術世界を構築しました。
イチョウの葉や銀杏はカメオ細工。ガラス技術の中で、最も難易度が高いグラヴュール技術によってレリーフ彫りされています。登頂付近に、漂うブロンズ色の色彩。時の経過を連想させる成熟した世界。エメラルド色に輝く若い葉が、やがて黄金色に輝き、枯葉となって空を舞う………。登頂には、琥珀色の輪がアップリケされ、蠱惑的なアクセントを加えています。
中央には、ドーム・ナンシーのサイン。ナンシー派の芸術家達は、必ず自らのサインにナンシーの名を刻みます。このサインは、D、M、Nが線で結ばれ、間にロレーヌ地方独特の十字架(ロレーヌ十字)が刻まれた、ドーム工房で1905年から1910年までに創られた作品に見られるものです。
シェードに光を灯してみましょう。内側に、黄金色の光がこもり、ランプが命を得たようです。窓を開けて差し込む新鮮な夏の光、海辺を散歩すると眩しいきらきら光る波、木漏れ日の中木立を通り抜けるすがすがしさ………夏の美しい光すべてがかき集められたよう。灯りをともせば、目の前に現れた、永遠の夏。
シェードを支えるスタンド部分は、銅合金です。シャンゼリゼに秋を告げる黄金のマロニエの実。棘のある殻は熟して割れ、内から丸く愛らしい実が顔を覗かせています。スタンド上部に仲良く3つ並ぶ実。それぞれ異なった表情を見せています。ガラスのシェードを支える3つの華奢なフォルダは、先端が三つ葉型で、この時期のドーム作品にしばしば見られるデザインです。台座に並ぶエレガントな葉の曲線。流動的な線が、可憐なフォルムに優雅さを加えます。街路に、黄金色の絨毯さながらに敷き詰められたマロニエの葉。実りの秋が、抒情詩の繊細さで表現され、作品により成熟した魅力を加えています。
この世に生を受けた、いきもの全てが光り輝く夏。作物が熟れ、世界に豊穣をもたらす実りの秋。ドームによってトリミングされた季節の美しさ。
人々が、ガラスに魅了されてしまうのは、ガラスが取り巻く光に、様々な物語を読み取っているからかもしれません。
※1 オーギュスト・ドーム、アントナン・ドーム。二人は父から受け継いだ工房を、世界的なガラスメーカーに成長させた。今日もドームはヨーロッパを代表する高級ガラスメーカーだが、ドーム家の経営は2000年以来途絶えた。
※3 左上)実際の霧氷。右下)凍ったイメージがガラスに投影されるジヴレ加工
※4 炉の中で熱され、加工を待つだけのガラス
※5 本作品。グラヴュールによって、葉の葉脈が刻まれている。
※6 乾隆ガラスの花瓶。玉を削る技術が様々に活かされている。
※7 左)サン・モーリス大聖堂のロレーヌ十字 右)本作ドームのサイン
※8 左上)ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749-1832) 右下)「銀杏の葉」ゲーテ自筆原稿