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「1783年のある日、パリに時計工房を持つアブラン・ルイ・ブレゲの元に、前代未聞の注文が舞い込んだ。依頼主は、フランス王妃マリー・アントワネット。提示された条件は『お金に糸目をつけない最高の時計』であった・・・」
この注文された時計は王妃の存命期間には完成することがなかったといいます。
今回ご紹介するのは、ロココを代表する女性、マリー・アントワネットを彷彿させ、フランス・ロココ様式で『18世紀の黄金時代』の頂点を象徴するマントルクロックです。
18世紀、太陽王ルイ14世が贅の限りを尽くして築いたヴェルサイユ宮殿の夢のようなロココの室内装飾は、ヨーロッパのすべての王室の憧れでした。家具や陶磁器の中に絵画を取り入れたのもこの時代です。甘美で優雅なロココ様式は、装飾を芸術の域にまで高めました。装飾芸術の始まりです。
19世紀に入っても18世紀のフランスに憧れ続けるブルジョワジーはあとを絶たず、パリに居を構えるときには建築スタイルから内装、装飾品やアートまで、すべて18世紀スタイルにまとめ上げたといいます。
この時代フランスには素晴らしい職人が溢れ、世界中から家具や装飾品のオーダーが殺到しました。アンティークの最高作品について語る時、この時代を無視する事はできません。そして、この時計もこの時代に制作されたものです。またマントルクロックは18世紀から1830年頃のものはブロンズの物が多く、その後は廉価な錫のものが増えます。19世紀後半には錫のものが50作る間ブロンズのものは5ほどしか作られていません。
このクロックのようにまばゆいほどに贅沢にブロンズを使用し、オーダーできたのは、先述のアントワネットのように財力と権力を兼ね備えた貴族やブルジョワジーだけでした。一体、どれほど豪奢なお屋敷のブドワール(貴婦人の集うサロン)に飾られていたのでしょうか。
時計に用いられるのはとても珍しい陶磁器部分はパリ窯。18世紀のフランス製陶で最も、重要な役割を担ったセーヴル窯もポンパドール婦人がパトロナージュした窯として世界的に知られているように、パリ窯はアントワネットがパトロナージュしたことで知られています。パリ窯の愛らしいポンパドールピンクの色合いを、豪華なブロンズ装飾が惹き立てます。
マントルクロックでここまで豪華に、そして装飾豊かにブロンズ細工で飾っているものは稀少で、またそれぞれに台座がついています。生命力や豊饒さを表わすアカンサスや葡萄、そしてフェストゥーン(花綱)の装飾が贅沢に施されており、アンピール様式の到来を予感させるデザインとなっています。
それぞれのモチーフは、優雅さや芸術への造詣、そして豊かさや愛の象徴として用いられたのでしょう。注文主の文化芸術への造詣の深さとこの時計に込められた特別な思いを感じずにはいられません。
両脇に可愛らしく控えているのは、トロフィー型の燭台。恋文を交わしながら逢瀬を約束しているような恋人たちの姿が描かれています。その恋を祝福するかのような時計本体部分に描かれている天使達。手描きの繊細な書き込みは見事で、甘美な絵画表現はまさにロココ絵画を象徴し、恋する恋人達の表情まで生き生きと描かれています。
この当時のフランスでは女性が人前で時計を見ることははしたない事と思われていたのです。貴婦人たるもの、社交に関わる時間はたっぷりある事が贅沢であるとされていましたし、細々とした家の仕事や夜会やオペラのスケジュール管理は女官や召使がするものでした。
それでも貴婦人が思わず、チラリと時計を覗き見してしまう瞬間・・・
それは愛する人との約束の時間だったのではないでしょうか。かのマリー・アントワネットもスェーデン貴族・フェルセン伯爵との生涯をかけた秘めた恋の逢瀬に何度、心を踊らせて時計を眺めていたことでしょう。最高の栄誉と贅沢を手に入れた王妃にはプライバシーは一切ありませんでした。
マリーが母親であるマリア・テレジアに贈った手紙の中に「私は全世界の人々の前で口紅を引き、手を洗う」とあります。そんなアントワネットにとって恋人との逢瀬は唯一、人目を気にせず、自分自身でいられる時間だったのかもしれません・・・
時代は移ろうものとはいえ、美しいものへの憧憬と、愛しい人を想う気持ちは100年前も変わらず女性の心を捉えて離さないものでした。この時計を眺めて鐘の音を聴いていると、18世紀の華やかなロココの時代へ旅をして、ブドワールの肘付き椅子に腰掛けて、可愛らしい鐘の音に頬を薔薇色に染めている貴婦人達に出会える…そんな幻想へと私達を誘います。
ロココマントルクロック・・・
100年の時を越えて、輝かしいロココの栄光と恋する女性の気持ちを刻み続けていくことでしょう。