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ヴァル・サン・ランベール  ヴァセリンガラスベース<br />
1920年代 ベルギー ヴァセリンガラス<br />

ヴァル・サン・ランベール ヴァセリンガラスベース
1920年代 ベルギー ヴァセリンガラス

SOLD OUT

 

ベルギー王室御用達クリスタルガラス、Val Saint Lambert・・・
13世紀建立のシトー派修道院の名称を由来に持つその神聖な響きに、神に仕える修道僧と美の道を極めんとしたガラス職人たちの姿が重なります・・・

そのヴァル・サン・ランベール社の作品の中でも特に稀少なヴァセリンガラスのクリスタルベース。

錬金術は、金を人の手で創り出そうとした、人類最大の野望でした。
そして、クリスタルガラスも同様に、ダイヤモンドを人類の手で創り出そうとした、権力者たちの野望でした。飽くなき美の追求、それは生きることへの情熱そのもの・・・
このヴァル・サン・ランベールのベースも、そのような職人たちの美への憧れによって生み出された、宝石のような逸品です。アール・デコスタイルの鮮烈な色彩とシャープなデザイン、精巧なカットが創り出す万華鏡のような影絵、ベルギークリスタルガラスを牽引したヴァル・サン・ランベールの世界観がここに凝縮されています。

ヴァセリンガラスと色彩
まず、イエローとレッドという斬新な色彩に目を奪われます。
ヴァセリンガラス特有のこのイエロー、他のヴァセリンガラスとは一線を画す、深く澄んだ、透明度の高い輝きを放っています。紫外線を照射すると、写真のように鮮やかなグリーンの蛍光色に変貌します。ガラス生成時にウランを使用することから、現代ではこれほど発色の美しいヴァセリンガラスは作られていません。このベースのウラン濃度は非常に高かったのでしょう。アンティークの古いヴァセリンガラスになると、最大で25%ものウランを使用していました。
大胆なカット
ヴァル・サン・ランベールでは、デザイナーが「吹き手、整形、磨き、カット、仕上げ」の5人の職人を監督し、作品を作り上げるチーム制をとっています。純度の高いクリスタルガラスでも、カットの技術力によってその美しさは異なります。彫りの深さ、精密さなど、様々な要素が光の反射、屈折率を左右し、その光がクリスタルガラスに命を吹き込みます。このベースもヴァセリンガラスの素地に被せられたルビー色のガラスをカットし、アール・デコらしい幾何学的なスタイルに仕上げています。上部のピラミッドの形を縦横に並べたようなカッティング模様は、一つ一つのカットの4辺に、赤や黄色の光が反射し、間近で見ると息を呑むほどの美しさに言葉を失います。
メーカーズマーク
正面と底にオリジナルのフォイルラベルが残っており、底には「Val St Lambert P.V.」と刻まれています。ヴァル・サン・ランベールでは、品質ランク上位の作品以外は輸出しないという厳格な管理が今も行われています。

ガラスはまさに、科学と芸術を融合させることで人類が手に入れた、究極の美の世界です。
ベルギー王室御用達の最高級クリスタルガラスメーカーとして君臨するヴァル・サン・ランベールの作品は、世界の至宝として永遠の光を放ち、その作品に触れる全ての者を魅了続けることでしょう。

  • ベルギー東部リエージュ郊外、ボネッシュ村の良質な鉱石、石炭の恵みを受け発展したベルギークリスタル。1825年に化学者FRANCOIS KEMLIN、技術者AUGUSTE LELIEVREらが、当時ベルギーを支配していたオランダ国王ウィリアム1世の要請を受け、13世紀建立のシトー派修道院跡地を社用地として買収し、ヴァル・サン・ランベール社は創設された。

  • 19世紀後半には世界最大規模のガラスメーカーへと成長。ヴェネチアンガラスの色彩技法とボヘミアガラスの伝統的カット技術に加え、型吹き手法の色被せガラスのカットガラスの作品を開発する。また窓ガラスの生産ではヨーロッパで最大規模となり、日本の旭硝子(三菱財閥2代目次男岩崎俊弥創業)は、ベルギーからガラス職人を招聘し、親身な技術指導を受け、国内初の板ガラスの工業化に成功した。写真は夢織所有のヴァルサンランベールのワイングラス。このベースと同様にヴァセリンガラスの素地に被せガラスのカットを施した貴重な逸品。

  • 1900年代初頭には5000人以上の社員を抱えるまでに成長。二重色のクリスタルカットガラスの(Double coloured and Cut crystal)の開発によって、独自の世界観を築き上げ、技術、作品ともに世界有数の水準を誇った。宝飾家フィリップ・オルヴァーやジョセフ・シモン、ミューラー兄弟のアンリなど、優れた作家たちにデザインを依頼し、アール・ヌーヴォーやウィーン分離派の作品を手掛けた。写真はアンリ・ミューラーがデザインしたヴァル・サン・ランベール社の作品。

  • ヴァル・サン・ランベール社のディレクターとして活躍したレオン・レドゥリュ(1896-1926)は、自身の作品を手がけると同時に、装飾部門の責任者としても貢献し、ベルギーのアーティストたちを支援した。その中には、世界的な建築家ヴィクトール・オルタやサミュエル・ビングのMaison de l'Art Nouveau(アール・ヌーヴォーの店)の内装を手がけたアンリ・ヴァン・デ・ヴェルデなどがおり、彼らの建築にはヴァル・サン・ランベール社の作品が取り入れられている。写真はオルタ邸のダイニングルーム。

  • インドのジャイ・ヴィラース宮殿の大広間には、当時、世界最大のヴァル・サン・ランベール社の巨大クリスタルシャンデリアが吊るされている。(3.5トン)この宮殿は1876年に当時のマハラジャ(Sindhia 1843-1886)が、英国皇太子(後のエドワード7世)を歓迎するために建てたもので、その内装はフランスのヴェルサイユ宮殿を彷彿とさせる豪華さである。実際にフランス革命後に売りに出されたルイ16世の家具なども含まれており、現在は、一部美術館として一般に公開されている。

  • 写真はヴァル・サン・ランベール社の作品を取り入れた、オルタ建築のソルヴェー邸(世界遺産)。私邸のため通常一般公開はしていない。この屋敷は、ベルギーの化学者エルネスト・ソルヴェー(ソルベー法で有名)の息子で富豪のアマンド・ソルヴェーの依頼を受けオルタが設計した。アマンドは金に糸目を付けなかった上に、何の注文もしなかったため、オルタの創造力が遺憾なく発揮できた。大理石からブロンズ、木材に至るまで最高級の材料を用い、家具からドアベルに至る細部までオルタ自身がデザインを行った。

  • 前述のレオン・レドゥリュは最初にヴァル・サン・ランベール社のアール・デコの作品をデザインしたアーティストでもあり、特にこの時期の作品は職人の高い技術がうかがえる優れた作品が多い。1925年のパリ万博(通称アール・デコ博)で展示され、ヴァル・サン・ランベールの名を世界に轟かした。写真はネオクラシシズムのオマージュとして制作されたレオンのデザインによるベース。これは日本の昭和天皇にも献上された。「Val Saint Lambert Empire Vase」

  • 写真(夢織所有ベース)はレオン・レドゥリュと共にヴァル・サン・ランベールの中心的デザイナーとして活躍したジョセフ・シモンの作品。アール・ヌーヴォーからアール・デコ期のスタイルで構成されており、二重のクリスタルガラスに幻想的なデザインのカットを施した秀逸な作品。ヴァル・サン・ランベール社は現代でもフィリップ・スタルク(建築からインテリアまで手掛けるデザイナー)とのコラボレーションを企画するなど、ヨーロッパのみならず世界的に躍進を続けるクリスタルガラスメーカーとして確固たる地位を確立している。