むかしむかし、遠いペルシャの国。少年カイスは、美少女レイラと出会い、恋に落ちます。カイスの一途な情熱は、彼を狂気に駆り立ててしまいます。恋狂いのカイスは「マジューン(狂人)」と呼ばれるようになり、レイラとは引き離され、レイラを一身に思いながら、人里離れた山に向かい、森の生き物たちと暮らすようになります。
王者のクリスタルガラス、バカラ・・・
その、水晶に例えられる高貴な透明感。この世のすべての光を燦然とまとうその姿は、幾多の王族や英雄たちの魂を釘付けにしました。フランスブルボン王朝、皇帝ナポレオン1世、ロシア皇帝、インドのマハラジャ、トルコのスルタン、日本の皇室…この世の贅を知り尽くした王侯貴族は皆バカラの美しさの虜となり、バカラを所有することは、いつしか人々の憧れとなりました。
伝統と格式を誇るバカラの技術を駆使して制作されたバカラデキャンタセット「レイラ」。フランスの御邸より、シャンパン・白ワイン・赤ワイン・リキュール用の4種類のグラスを各6客にデキャンタ付きの大変稀少なセットで入手しました。或るヨーロッパのミュージアムに渡る寸前に縁あって譲り受けたもので、セットで入手することは貴重です。
奔放に遊び戯れる森の生き物たち。バカラの高度な技術が、繊細で緻密なデザインを見事に表現します。
デキャンタ、シャンパングラス、白ワイングラス、赤ワイングラス、リキュールグラス………完璧なグラスセットが豪華に並べられたパーティー会場では、どんな人々が集ったのでしょうか。それでは細部を見ていきましょう。
デキャンタの、蓋を引き抜いてみましょう。手のひらに冷ややかに収まる、煌めくクリスタルガラスの重さ。渦巻く繊細な唐草模様の中心に、羽を休める異国の鳥。表裏と施されているため、手のひらの上で、描かれる姿が重なります。まるで、宝石を手のひらに乗せたような美しさ。
本体に描かれる森の風景も表裏に施されているため、重なって見える景色はこのうえなく幻想的です。この中に深い色のリキュールや赤ワインを注げば、よりはっきりと見え、楽しめることでしょう。
このデキャンタの大きな特徴は、独創的なシェイプです。打ち寄せるカスピ海のさざ波のような造形的な形が、儚いクリスタルガラスでつくりあげられています。アンティークバカラは、気の遠くなるような過程を経て優美なフォルムを作り上げました。些細なミスひとつで壊れてしまうガラス。幾人もの職人の手を経てつくられる過程に、一切の妥協を許しません。
デキャンタの底を裏返して見ると、誇り高いバカラのマークがエッチングされています。
レイラをデザインしたのは、バカラを代表するデザイナー、ジョルジュ・シュヴァリエです。ロシアを代表するバレエ団の舞台美術に携わっていたシュヴァリエは、1916年バカラのデザイナーに就任します。以来、世界中の王族や貴族を数々の作品で魅了しました。バカラの最高の技術には、その時代屈指のデザイナーが構想する斬新なシェイプを実現させるだけの力量がありました。
エッチングで描かれる、繊細で華麗な森の住人達。あどけない仔馬、悪戯好きのウサギ、愛らしい鹿、羽を広げ優雅に飛翔する鳥、寡黙な蝸牛、可憐な蝶…馬に乗った青年が、笛を吹き、いっせいに森の住人達が遊びます。青年は、カイスでしょうか。幻想的でエキゾチックな文様は、見る者の眼をいつしか遠い昔の恋物語の世界へと誘います。
見ると、連続する絵物語のように、グラスによって描かれている生き物たちは変わっています。
優雅に渦巻く唐草文様は、カイスの元に風に乗って運ばれてくる、愛しいレイラの香りを表現したのでしょうか…。
他の男性に嫁がされたレイラは若くして夭折し、カイスはレイラの死を悼みながら天国に召され、二人は天国で永遠に結ばれます。二人の永遠の愛を、森の生き物たちが見守っています。
バカラの伝統と技術が成し得た豪奢なデキャンタセット。
大貴族のディナーは、贅を尽くして作らせたバカラのシャンデリア、シャンデリアの姿を映し込むミラー、そして、宝石のようにたたずむバカラのグラスが存在していました。
燦然と光り輝くディナールームで、繰り広げられた歴史の一幕。王侯貴族のうたかたの夢の世界が、今ここに蘇えります。