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オーク天蓋付バーキャビネット<br />
フランス 1860年頃<br />

オーク天蓋付バーキャビネット
フランス 1860年頃

19世紀フランス、とある貴族(1)のパーティー。贅を尽くしたメインダイニングルームでの華やかな会食が終わった後、紳士淑女は別室に分かれます。着飾ったご婦人達は、流行の扇を蝶のようにはためかせながら、お茶を嗜み社交界の噂話に花を咲かせます。一方、紳士達は、葉巻片手に尽きない政治・文化論を戦わせます。当主が執事に命じて、お気に入りのバーキャビネットから、とっておきのポルト酒やコニャックを運ばせます。

今回のおすすめ商品は、1860年代製フランス貴族の邸宅に設えられていた、バーキャビネットです。

見上げる高さ2m47cm、カウンターの全長1m90cm。無垢のオーク材にふんだんに施された見事な木彫。バーキャビネット全体が、巨大な彫刻作品のようです。重厚な色合いの木彫と対称的なのが、キャビネット扉部分と天井部分に嵌め込まれた色鮮やかなステンドグラス。館の当主が、大切な来客達との時間のために特別に注文したバーキャビネット…その存在そのものが、当時の贅沢な貴族文化を物語っています。

教会建築と共に発達したヨーロッパの木彫技術は、ゴシック期、ルネサンス期など美術様式の隆盛を契機に円熟していきます。珍しい南米のモチーフを取り囲んで、細部に配された草花、魔除けのグロテスク像に、ヨーロッパのキリスト教的精神世界が潜在的に織り込まれています。

勇猛果敢な騎士の血統を継ぐ男たちは、未開の楽園を夢見て、南へ、舵を取りました。困難な航海を潜り抜けたどり着いた、呼吸する巨大な森、ジャングル。目に焼きつくような美しい植物、色鮮やかな鳥や未知の生き物、獣のような優雅さで歩く裸足の人々…幻想のような記憶が、邸の当主を饒舌にさせます。紳士達は会話と美酒に酔い、やがて馬車を待たせていることさえ忘れてしまうのです。

  • 装飾枠(※カルトゥーシュ)の中に彫刻された、当主の若々しく端正な肖像。旅装束に身を包んでいます。胸を反らせ、眼を見開く姿は、さながら獅子のようです。※古代エジプトで、ファラオの名前を取り囲む曲線であったカルトゥーシュは、後に西洋建築・家具様式の中で主なモチーフを装飾する「枠」へと変容しました。

  • 刻まれた当主のイニシャル「CD」のモノグラムを、スクロール(巻き紙)と呼ばれる装飾が格調高く取り囲みます。モノグラムとは、イニシャルを美しく重ねた、王国名や家名を示す一種の象徴です。家具、食器、便箋や封筒、旅行鞄など日常品に印して愛用することが、貴族階級のステイタスシンボルとされていました。

  • キャビネット両開き扉のステンドグラス、中央の円形部分。片方の後ろ足を上げ、垂直に立ち、今にも獲物に飛びかからんと構えた両の前足…紋章に好んで使われたRampant勢獅子(きおいじし)の姿が、年月を経ておぼろげな姿で浮かび上がっています。2頭の獅子は、水彩絵具で描かれています。

  • 細かい作画のテクニックには、18世紀以降ヨーロッパで流行した、象牙の上に水彩で肖像を描く細密肖像画Portrait miniature(4)の技法が応用されています。獅子のいかつい頭・脚などのモチーフは、キャビネットの様々な箇所に見られます。

  • カウンター下部は、3枚のパネルと、4列の彫刻で構成されています。オーク材の暖かな色調が、彫刻部分を立体的に演出しています。左右のパネルには、狩取られた雉の野性味溢れる姿。幅35cm、長さ54cmの現在では入手不可能な大きさのオーク材に、大胆に彫り込まれています。

  • 中央には、ヘッドドレスと幾重にも重なる豪華な首輪で飾り立てた人物。両端には腰布だけを身に付けた男女。森の神を彫り込んだ仮面の下に、見え隠れする艶やかなコーヒーの実、たわわに実るカカオの実。ステンドグラス扉の上には、ピラミッド型のヘッドドレスを身に付け鎮座する神々しい異教の王…冒険と狩猟を愛する当主が、南米で目にした風景が生き生きと彫り込まれています。

  • 貴族と狩猟文化
    中世初期、貴族の子弟は幼少期から狩猟に参加して技法を習い、騎士としての心得を学びました。技法は様式化され、ラテン語で書物に編纂されヨーロッパ中に流布します。その後狩猟は、貴族社会において教養の一環、重要な社交手段となりました。政略的な婚姻や外交取引を行う際、優れた血統の猟犬や猟鳥が贈り物とされ、国王の御領地での狩は、地元の有力貴族との重要な交流の場でした。趣味の領域を超え、今日でも狩猟は貴族社会において欠くことのできない行事です。

  • コーヒーは紳士の嗜み
    気つけ薬・強壮剤としてイスラム社会の修道院で珍重されていたコーヒーの実は、大国「オスマントルコ軍の強さの秘密」と専らの評判でした。16世紀、嗜好品として愛されるようになると「コーヒーハウス」がイスタンブールに出現し、紳士の社交の場として大人気となります。ヨーロッパでは17世紀にヴェネツィアで初のコーヒーハウスが開店、コーヒーを楽しむだけでなく、議論と情報交換を行う流行最先端の場となりました。写真はコーヒーを飲みながら議論するヴォルテールとディドロ。

  • チョコレートの流行
    クリストファー・コロンブスがスペイン国王に献上したカカオ豆は、南アメリカでは万能薬として重宝されていました。不思議な褐色の「薬」は、ヨーロッパ式にクリーム・砂糖が加えられ、甘く濃厚な飲料「チョコレート」に変身します。チョコレートが大好物のスペイン王女マリア・テレサが、銀の「チョコレート」道具一式とチョコレート専門料理人(ショコラティエ)をつれてフランス王ルイ14世にお輿入れすることで、チョコレートはヨーロッパ貴族社会で大流行しました。

  • 細密肖像画とは
    ヨーロッパでは写真が発明される以前の16世紀、子牛や子羊の皮に水彩絵の具で描いた掌に入る大きさの肖像画が流行しました。貴族階級では、お見合い用に使われ、兵士や船乗りは遠方へ赴く際に妻や恋人の姿を描かせ、お守り代わりに携帯したそうです。18世紀になると、象牙板に描かれるようになりました。現在ではコレクターが世界中に増え、欧米の一流オークションで盛んに取引されています。

  • ステンドグラスについて
    ステンドグラスは、中世ヨーロッパの教会建築と共に広まりました。大多数の人々が文字を読めなかったために、聖書の教えを分かり易く伝える大切な媒体だったのです。聖マリアの受胎告知、イエスの誕生、12人の使徒…ミサに通い、ステンドグラスの物語を眼にすることで、キリストの復活、最後の審判といった聖書の教えは自然に人々の生活の一部となっていき、ヨーロッパの思想的背景に根付くようになりました。

  • ルイ・フィリップが愛したセーヴルのステンドグラス
    1824年、高級陶磁器セーヴル焼の窯元がステンドグラスを製作するようになり、その品質はさらに向上しました。七月王政期の国王ルイ・フィリップは、特にセーヴル製のステンドグラスを好み、ドラクロアのデッサンを基にした大作を作らせたり、高名な建築家ウジェーヌ・ヴィオレ・ル・デュクに12使徒のステンドグラスをデザインさせました。写真はその一例で、ドルー王室礼拝堂上記12使徒のステンドグラス。

  • パリ大改造とゴシック・リバイバル
    このバーキャビネットが製作されたのはナポレオン3世の時代。ナポレオン3世は、「非衛生的なパリに光と風を入れる」パリ大改造で、都市改造・城や教会修復を行い、大都市パリの基礎を築きました。これを契機に、フランス革命後忘却されていた伝統の木彫・ステンドグラスなどの教会文化は、再流行しました。ヴィオレ・ル・デュクが手掛けたノートルダム寺院の修復は、ゴシック・リバイバルに拍車を掛けました。写真はウジェーヌ・ヴィオレ・ル・デュク(1814-1879)。

  • ヨーロッパの木彫文化
    ゴシック期(12~15世紀)、ヨーロッパの木彫技術は最初の絶頂期を迎えます。イタリア、フランス、ドイツ、フランドール地方の優れた木彫職人達はプロジェクト集団を作り、アムステルダムやリエージュなど、自由な交易都市の教会で多様な装飾を制作しました。その後16世紀、ルネサンス期の巨匠ラファエロや17世紀の天才彫刻家、グリンリング・ギボンズの出現を経て、ヨーロッパの木彫技術はさらに磨きがかかっていきます。写真はギボンズとその作品。