19世紀フランス、とある貴族のパーティー。贅を尽くしたメインダイニングルームでの華やかな会食が終わった後、紳士淑女は別室に分かれます。着飾ったご婦人達は、流行の扇を蝶のようにはためかせながら、お茶を嗜み社交界の噂話に花を咲かせます。一方、紳士達は、葉巻片手に尽きない政治・文化論を戦わせます。当主が執事に命じて、お気に入りのバーキャビネットから、とっておきのポルト酒やコニャックを運ばせます。
本品はそのような華麗なる時代の情景が想起される、フランス貴族の邸宅のために製作されたバーキャビネット。
見上げる高さ2m47cm、カウンターの全長1m90cm。無垢のオーク材にふんだんに施された見事な木彫。バーキャビネット全体が、巨大な彫刻作品のようです。重厚な色合いの木彫と対称的なのが、キャビネット扉部分と天井部分に嵌め込まれた色鮮やかなステンドグラス。館の当主が、大切な来客達との時間のために特別に注文したバーキャビネット…その存在そのものが、当時の贅沢な貴族文化を物語っています。
教会建築と共に発達したヨーロッパの木彫技術は、ゴシック期、ルネサンス期など美術様式の隆盛を契機に円熟していきます。珍しい南米のモチーフを取り囲んで、細部に配された草花、魔除けのグロテスク像に、ヨーロッパのキリスト教的精神世界が潜在的に織り込まれています。
勇猛果敢な騎士の血統を継ぐ男たちは、未開の楽園を夢見て、南へ、舵を取りました。困難な航海を潜り抜けたどり着いた、呼吸する巨大な森、ジャングル。目に焼きつくような美しい植物、色鮮やかな鳥や未知の生き物、獣のような優雅さで歩く裸足の人々…幻想のような記憶が、邸の当主を饒舌にさせます。紳士達は会話と美酒に酔い、やがて馬車を待たせていることさえ忘れてしまうのです。
主の特別な想いが詰まったバーキャビネット・・・現代では造り得ない、装飾芸術と呼ぶに相応しい最たる逸品です。