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夢織のおすすめ

ナポレオン3世シリンダービューロー<br />
フランス 1870年頃<br />

ナポレオン3世シリンダービューロー
フランス 1870年頃

紺碧に光り輝く地中海の恵みを享受するフランスのコートダジュールと、一年を通じて花々が咲き乱れるイタリアのリヴィエラ海岸に挟まれた、ヨーロッパ屈指の高級リゾート地、モナコ。
今月の夢織のおすすめは、あるヨーロッパ貴族がモナコはモンテ・カルロの高台に所有していた豪華なヴィラから譲り受けた品の一つ、1870年代フランス製ナポレオン3世シリンダービューローです。

18世紀、ロココ芸術の誕生でヨーロッパの建築・美術様式は体系的に確立されます。
その後、ヨーロッパはギリシャ・ローマスタイルの復活・ゴシックリバイバルなど、過去の様式を再発見し、時代に取り入れる歴史を歩みます。特にこの作品の時代は、様々な過去の様式を取り入れました。この作品は、ルイ16世様式にナポレオン1世時代のアンピール様式を取り入れたもの。ロココの伝統を踏まえた優美で可憐なルイ16世様式と、ギリシャ・ローマの帝政時代の威厳と格式を礼賛するアンピール(皇帝)様式の融合は、特に19世紀末のヨーロッパ上流家庭で好まれたスタイルでした。

それでは細部を見ていきましょう。

  • 明るい色調が、マホガニーの木目を美しく浮かび上がらせています。整然と施された真鍮の象嵌が、古典的な要素を加えつつも家具に気品を与えています。

  • 天板部分には、マホガニーの色調と調和した大理石。自然の気まぐれが、抽象画のような意匠を石の上に刻んでいます。真鍮の縁飾りはamour、愛の象徴であるハート型にくり抜かれていて、フランス人のエスプリを愛する気質が伺えます。

  • 筒状のエレガントな蓋。マホガニー材で化粧張りされています。中央部分の、少し色が深い長方形にトリミングされた部分を、四方から囲む明るい色の化粧張り。木目が細かい波状に縮んだ「縮み杢」の木目が、岸に打ち寄せる波のように直角に走っています。「縮み杢」は、バイオリンなどの弦楽器の甲板によく見られます。

  • 左右の取手をゆっくりと持ち上げると、ペンやカードが入る小さな引出が3つ。

  • 手前の、黒い幾何学文様メアンダー(ギリシャ雷文)に縁取られたボルドー色のフェルト張りの台座を引き出すと、ライティングビューローが出来上がります。

  • もともとこういった家具はBureau du Roi「王様のビューロー」と呼ばれ、1760年代にフランスの家具職人Jean- François Oebenによって開発され、王様用のデスクとしてベルサイユ宮殿に置かれました。ビューローのデザインはルイ15世・16世の時代に完成されたと言われています。

  • 蓋部分上下の引き出し。シンプルな形状の鍵穴がアクセントになっています。上部3つの引き出しにはそれぞれ鍵がかかり、下部は横長い引き出し。一見左右に小引出が付いているように見える、騙し絵風飾りが仕掛けられています。引き出しの中は、贅沢にもオークの無垢材が一枚板で幅広に使われています。

  • さて、最も稀少な手仕事が見られる脚部分です。  ドリス式オーダー(古代ギリシャ最古の柱デザイン)を模した4本の脚は縦溝彫され、さらに真鍮で象嵌されています。マホガニーの褐色に浮かび上がる淡い金色の気品。本体の左右にも、小引出の間にも整然と真鍮で直線が象嵌され、家具全体を一層格調高く洗練されたものに仕上げています。

  • ここに見られるアンピール様式の、古代ギリシャ・ローマの美意識を再評価した古典的なデザインは、装飾性を抑えて表現されています。無駄なフォルムを全て削ぎ落とす日本趣味の影響に、19世紀末のヨーロッパ文化の時代背景が伺えます。  直線的な細い脚の先端に付けられた華奢な脚飾り、トゥピ・サボtoupie sabots。フランス製の独楽のような造形的な形状。ルイ16世様式の高級家具に特徴的に見られる装飾です。

  • 繊細で精巧に組みたてられ接合される細部、そして何よりこの家具の後ろ姿の美しさには感服します。

  • 目に触れることのない裏側に、丁寧な化粧張りがなされ、マホガニー色に着色されているという完成度の高さ。時間と技術と費用を、惜しみなく掛けて製作されたこの家具の質の高さを物語っています。

  • ヴィラのアルバムに、一枚の写真があります。1920年代前後に撮影されたものでしょう。年月を経て、セピア色に変色したその写真には、ホテルのテラスでテーブルを囲む2組の男女の姿。白いクロスがかかった円形のテーブル、上等のスーツを着てテーブルに着く端正な横顔の男性、ボルサリーノのソフト帽が板についた髭の男性。1920年代大流行したフラッパーファッションの幅広帽が似合うご婦人、傍らの女性は頬まで埋もれるフォックスの幅広のストールをして、大きな瞳で物憂げにこちらを見ています。セピア色の写真を裏返すと、イタリア語でCARTE POSTALE(郵便用紙)の文字が。この写真は、葉書用に印刷されたものでした。おそらく、モナコ以外にも、冬を過ごす用にイタリアの高級保養地にも別荘を所有していたのでしょう。家族の近況を伝える為に、贅沢にも写真で特別にあつらえさせたハガキ…。  ありし日、ヴィラの主はこのビューローの前に腰掛け、踊るようにペン先を走らせながら、心にうつろう旅の思い出を、彼方に住む人へ綴ったのでしょう。

  • 遠いヨーロッパの華やかな思い出が、美しい余韻のようにこの家具に宿っています。

  • 1.アンピール様式
    1804年、ナポレオン・ボナパルトは遂に皇帝の座に登りつめます。ナポレオンはフランスの栄光を証明するべく、古代ギリシャ・ローマ時代の建築・美術様式からインスピレーションを受けた建造物を次々と建てさせます。蜂、星、鷹、神話の神々、Nのメダリオン、黄金の彫刻、エボニーなど黒い素材が特徴的です。古典的で重厚な様式美は、ロシアやドイツ、オーストリアで人気を誇ります。ナポレオン3世の時代、20世紀初頭、1980年代はデザイナー、ジャンニ・ベルサーチにより再流行しました。

  • 2.デスクの進化
    書き物をする机デスクの始まりは、15世紀主に教会で使われた文房具を内蔵できる持ち運び式の箱でした。天板は斜めになっており、必要な際にテーブルやベンチの上に置いて使用されました。この箱に取り外し式の脚が付くようになり、脚がやがて固定されるようになり、引き出しが付いて今日のビューローの原型が出来上がります。17世紀になるとフランスでは本品のような蓋付きのビューローが作られ始めました。

  • 3.ヴィラのアルバム
    ヴィラから譲り受けてきたアルバムの中に、※(1)軍服姿の男性があります。中世、貴族は王に仕え、戦争時は最前線で指揮を取ることを義務付けられ軍人としての地位を独占していました。その後軍人職は民衆にも開放されましたが、“軍人を勤める貴族階級”は貴族社会の伝統です。1982年イギリスとアルゼンチンの戦いフォークランド紛争では、英国王室ヨーク公アンドリュー王子が最前線に参加し、「高貴なる者の責務」を証明しました。

  • 4.紋章と貴族
    1763年より毎年出版されている貴族年鑑ゴータAlmanach de Gotha。その中に貴族の定義として、紋章を所有する権利が上げられています。紋章は、古代ローマ時代戦場で個人を識別するために、盾や旗に独自の記号を記したことが起源。その後11世紀頃から鎧が顔を覆うようになったため、明確な家紋が必要になります。相続や結婚で複数の紋章が組合され、図柄は複雑になっていきます。ヴィラで使われたディナーセットや、グラスの多くには紋章が記され、格式ある家系の伝統が伺えます。

  • 5.ベル・エポックの時代背景
    産業革命の成功と、大規模な博覧会で大都市が近代化を遂げた19世紀末から、第一次世界大戦が勃発する直前までのわずかな平和な時代、ベル・エポックBelle Époque。この家具が製作されたのは、この時代に当たります。大都市には地下鉄が通り、街灯は夜の闇を追放し、コルセットから解放された女性達は最新流行を求めて百貨店に押し寄せ、電信と鉄道が世界を身近にし、サイレント映画が誕生しました。人々は、近代文明を謳歌していました。

  • 6.モナコの起源
    古代ギリシャ、古代ローマに支配されていたモナコは、12世紀にジェノバ共和国の支配下に置かれます。1297年、シェークスピアのロミオとジュリエットの背景と同様、皇帝派と教皇派に分かれて権力争いが続くジェノバ。教皇派貴族グリマルディ家のフランソワ・グリマルディは、修道士に変装して皇帝派占領下のモナコに侵入し、占領に成功します。グリマルディ家はモナコ大公家の創始者となり、以降モナコ公国の君主となり、波乱の歴史を歩みます。

  • 7..ヨーロッパ屈指のリゾート地へ
    1856年、モナコ大公シャルル3世は、国営グラン・カジノで、経済再建に乗り出します。1864年には豪華ホテルオテル・ド・パリを傍に開業。そして1879年パリオペラ座の改築で名高い建築家シャルル・ガルニエが手掛けたモンテ・カルロ歌劇場を加えます。ヨーロッパ屈指の高級リゾート地に成長したモナコは、今日ではトップクラスの富裕国家として、セレブリティの移住やF1モナコ・グランプリなど、華やかな話題に欠かない国に変貌しました。

  • 8.グレース王妃
    ハリウッド女優グレース・ケリーは、カンヌ映画祭で知り合ったモナコ公国大公、レーニエ3世と1956年結婚します。世紀のシンデレラストーリーは世界中の注目を浴び、結婚式はヨーロッパ各国で中継されました。王妃のウエディングドレスは世界中で大流行。翌年ご懐妊の際、パパラッチに悟られないようお躰を隠されたエルメス社のバッグ「サック・ア・クロワ」は、その後「ケリーバッグ」と改名され今日でも愛されています。美しい王妃の姿は、亡き今もそのままモナコのイメージとして語り継がれています。