世界の覇権国家として不動の地位を築き上げあげたヴィクトリア時代の英国ほど、豊かな発想と英知を持って陶磁器の美術作品を残した国は他になかったでしょう。自由かつ大胆な作品の多くは、大陸からもたらされたセンスと技術によって磨かれたものでしたが、単に模倣するという領域を越えた珠玉の逸品たちは、類まれな職人たちの、飽くなき執念によって生み出されました。
ヴィクトリア女王に「世界でもっとも美しいボーンチャイナ」と言わしめた英国の名窯ミントンによるオランダ花瓶。
実はこちらのオランダ花瓶、美術品としてミントンミュージアムに展示されていたものです。王侯貴族の贈呈品として、何かの記念に作らせたものでしょうか・・・“Rose Pompadour” と呼ばれるフランス、セーヴル窯を象徴するポンパドールピンクにまず目を奪われます。さらに、正面と背面に描かれた港湾風景の人物描写、両サイドのロココ調の華やかなブーケ、そして豪華さを極める金彩の装飾・・・まさに、フランスが誇る世界最高峰の陶磁器セーヴルに勝ると劣らない、ミントンの独自の才能によって制作された逸品です。(実際にセーヴルで作られたオランダ花瓶をベースにしています)
このような作品を、ミントンはなぜ生み出すことができたのでしょう。そこに大陸とは異なる陶磁器産業の歴史を持つ英国のユニークさをうかがうことができます。フランスやドイツなど、大陸のように王立窯が存在しない英国の名窯は、ビジネスとして互いに厳しい競争を強いられました。そのため、生き残るためにも、常に最高のものを目指す志の高さが求められたのでしょう。
当時、産業革命の繁栄を享受する富裕層では、常に憧れの存在であったセーヴルの陶磁器を彷彿とさせるセーヴルスタイルの陶磁器が熱狂的に受け入れられました。セーヴル窯のルイ・ソロンをはじめ、フランスの職人を積極的に雇い入れ、高い技術を持つミントンの作品は、安い模造品とは異なり精度も高く、さらに、他の類似品と区別するために、ミントンだけのオリジナルの細工を巧みに仕掛けるなど、斬新な試みも施されていました。
ところでこの作品、なぜオランダ花瓶と呼ばれるかご存知でしょうか?土台と本体は分離でき、土台部分には水がはれるようになっています。17世紀前半、ヨーロッパの覇権を握ったのはオランダでした。オランダと言えばチューリップですが、当時オスマン帝国からもたらされたチューリップは、現代では想像もできない大変な貴重品で、それを栽培し、飾ることはステイタスの証でした。この花瓶はそのチューリップの球根を入れて栽培するために作られたものと言われています。一説によると、チューリップはポンパドール夫人のお気に入りの花でもあったとか・・・もしかしたら、室内でもチューリップを鑑賞するために、ポンパドール夫人自ら、セーヴルにこのような花瓶をオーダーしたのかもしれません・・・
最後に、ミントンがセーヴルに並び、またそれ以上の作品を手がけることができたもう一つの理由。それは、元来、フランス王家のものであったセーヴルの、ほんものの作品を所有することができた貴族や富豪たちが英国に存在したからでしょう。ウォレスコレクションの創設者リチャード・ウォレスやロスチャイルド家などのプライベートコレクションから、デザイナーや職人たちは直に学ぶことができました。そして彼らは、当時の富裕層の好みを反映した、レベルの高い作品を制作することができたのです。
かつてない富と力を得たヴィクトリア時代の大英帝国。
永遠の憧れであったフランスの宮廷文化は、もはや追い求めるものではなくなりました。このオランダ花瓶には、その憧れを手に入れ、繁栄を謳歌する英国の上流階級の人々の姿が、投影されているようです。輝かしい栄華を今に伝えるミントンのオランダ花瓶。後世に受け継いで頂きたい至極の美術作品です。