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夢織のおすすめ

ミントン オランダ花瓶(1873‐1880)<br />
MINTON “Rose Pompadour” Vase Hollandois<br />

ミントン オランダ花瓶(1873‐1880)
MINTON “Rose Pompadour” Vase Hollandois

世界の覇権国家として不動の地位を築き上げあげたヴィクトリア時代の英国ほど、豊かな発想と英知を持って陶磁器の美術作品を残した国は他になかったでしょう。自由かつ大胆な作品の多くは、大陸からもたらされたセンスと技術によって磨かれたものでしたが、単に模倣するという領域を越えた珠玉の逸品たちは、類まれな職人たちの、飽くなき執念によって生み出されました。

今月の夢織のおすすめ商品は、ヴィクトリア女王に「世界でもっとも美しいボーンチャイナ」と言わしめた英国の名窯ミントンのオランダ花瓶をご紹介いたします。

実はこちらのオランダ花瓶、ミントンミュージアムに展示されていたもので、オークションに出品された際に夢織が落札した大変貴重なものです。おそらく、王侯貴族の贈呈品として、何かの記念に作らせたものでしょうか・・・“Rose Pompadour” と呼ばれるフランス、セーヴル窯を象徴するポンパドールピンクにまず目を奪われます。さらに、正面と背面に描かれた港湾風景の人物描写、両サイドのロココ調の華やかなブーケ、そして豪華さを極める金彩の装飾・・・まさに、フランスが誇る世界最高峰の陶磁器セーヴルに勝ると劣らない、ミントンの独自の才能によって制作された逸品です。(実際にセーヴルで作られたオランダ花瓶をベースにしています)

このような作品を、ミントンはなぜ生み出すことができたのでしょう。そこに大陸とは異なる陶磁器産業の歴史を持つ英国のユニークさをうかがうことができます。フランスやドイツなど、大陸のように王立窯が存在しない英国の名窯は、ビジネスとして互いに厳しい競争を強いられました。そのため、生き残るためにも、常に最高のものを目指す志の高さが求められたのでしょう。
当時、産業革命の繁栄を享受する富裕層では、常に憧れの存在であったセーヴルの陶磁器を彷彿とさせるセーヴルスタイルの陶磁器が熱狂的に受け入れられました。セーヴル窯のルイ・ソロンをはじめ、フランスの職人を積極的に雇い入れ、高い技術を持つミントンの作品は、安い模造品とは異なり精度も高く、さらに、他の類似品と区別するために、ミントンだけのオリジナルの細工を巧みに仕掛けるなど、斬新な試みも施されていました。

ところでこの作品、なぜオランダ花瓶と呼ばれるかご存知でしょうか?土台と本体は分離でき、土台部分には水がはれるようになっています。17世紀前半、ヨーロッパの覇権を握ったのはオランダでした。オランダと言えばチューリップですが、当時オスマン帝国からもたらされたチューリップは、現代では想像もできない大変な貴重品で、それを栽培し、飾ることはステイタスの証でした。この花瓶はそのチューリップの球根を入れて栽培するために作られたものと言われています。一説によると、チューリップはポンパドール夫人のお気に入りの花でもあったとか・・・もしかしたら、室内でもチューリップを鑑賞するために、ポンパドール夫人自ら、セーヴルにこのような花瓶をオーダーしたのかもしれません・・・

最後に、ミントンがセーヴルに並び、またそれ以上の作品を手がけることができたもう一つの理由。それは、元来、フランス王家のものであったセーヴルの、ほんものの作品を所有することができた貴族や富豪たちが英国に存在したからでしょう。ウォレスコレクションの創設者リチャード・ウォレスやロスチャイルド家などのプライベートコレクションから、デザイナーや職人たちは直に学ぶことができました。そして彼らは、当時の富裕層の好みを反映した、レベルの高い作品を制作することができたのです。

かつてない富と力を得たヴィクトリア時代の大英帝国。
永遠の憧れであったフランスの宮廷文化は、もはや追い求めるものではなくなりました。このオランダ花瓶には、その憧れを手に入れ、繁栄を謳歌する英国の上流階級の人々の姿が、投影されているようです。輝かしい栄華を今に伝えるミントンのオランダ花瓶。後世に受け継いで頂きたい至極の美術作品です。

  • ミントンは1793年にトーマス・ミントンによって創業。彼の死後、2代目のハーバードの時代、世界的な陶磁器メーカーへと発展。19世紀英国の富裕層は18世紀フランスセーヴルの陶磁器を敬服し、強い憧れを抱いていました。ミントンはその要望に応え、他の追随を許さない優れた技術でセーヴルスタイルの逸品を制作。写真は1851年のロンドン万博でヴィクトリア女王が購入したミントンのセンターピース。後日オーストリア皇帝に贈られました。(Victoria pireced, Minton & Co. V&A Museum)

  • 両サイドには薔薇のブーケが大胆に描かれています。19世紀ヨーロッパの陶磁器界では、ロココリヴァイバルが巻き起こり、18世紀のロココ様式を現代の好みに合うように手を加えて再現しました。特にヴィクトリア時代のイギリスではその時代背景も受け、薔薇の絵付けもいっそう華やかなものが好まれました。

  • セーヴルのオランダ花瓶でもこのような港湾風景の人物の絵付けを見ることができます。人物画は金彩で縁取られ、額装された絵画を見ているような雰囲気が感じられます。また金彩と言ってもその技法は様々で、平たく塗り付けたり、突起状に隆起させたり、ミントンでは星の数ほどの金彩のパターンを有していたと言われています。この花瓶の細かな金彩の装飾は大変美しく、職人の緻密な技術の高さが伝わってきます。

  • セーヴルのブルーと言えば、王者のブルーと呼ばれる濃い紺色と、空色に近いトルコ石色のブルーがあります。そして、ミントンのブルーと言えば、そのトルコ石色のブルーを指します。元来セーヴルの色であったそのトルコ色を真似することができた窯は、ミントンだけでした。その色がミントンを象徴する色となったことは、いかにミントンが他よりも秀でた技術を擁していたかを雄弁に物語っています。アンティークのミントンは、それだけに価値が高く、今も多くのファンを魅了し続けています。

  • 「セーヴルスタイル」の原点である、フランスセーヴル窯のオランダ花瓶(18世紀中頃)。セーヴルはブルボン王朝ルイ15世の時代にポンパドール夫人の影響も受け、王立窯となった世界最高峰の名窯。王室の保護のもと、主にフランスならではのロココ様式の作品を手掛け、高度な装飾技法は全欧に多大な影響を及ぼしました。王者のブルーやポンパドールピンクなど象徴的な地色は特に有名です。現代でも一般向けには制作されておらず、その名声は一段と高まっています。

  • セーヴルでは当初、フランス風のスタイルを守るため規制が厳しく、個人的な特徴を表現できた技術者は彫り師のエティエンヌ・ファルコネと、このポンパドール夫人を描いたロココ画の巨匠フランソワ・ブーシェのみだったそうです。このピンク色のドレスは、まさにセーヴルで生まれたポンパドールピンク、「Rose Pompadour」のインスピレーションとなったのかもしれません・・・
    (Madame de pompadour by Francois Boucher, 1759, Wallace Collection)

  • 17世紀のオランダでは「チューリップバブル」と呼ばれる経済危機があったそうです。オスマン帝国からもたらされた希少なチューリップは「高貴な花」とされ、上流階級でのみ普及しました。珍しい品種になると球根一つが相当な金額で取り引きされたそうです。次第に、このバブルははじけるのですが、このオランダ花瓶はそんな時代の一時期にチューリップを愛好する上流階級の人々のニーズに合わせて作られたものだったのでしょう・・・

  • 実際にはこのような装飾性の高い花瓶は、実用ではなく、鑑賞用の美術品として作られました。ただ、これほどの装飾品でも実際に使うことができた例外が、ルイ15世といった歴代の王であり、王室の人々でした。その想像を絶する富と真の贅沢が、人々を憧れへと駆り立て、美を生み出す原動力ともなったのでしょう。脈々と受け継がれて来たヨーロッパの芸術への情熱、美への憧れがこのオランダ花瓶から伝わってきます。