イギリス海峡を臨むフランス北西部地方、ノルマンディー。この海辺の風光明美な地方は、かつて「ノルマンディー公国」という国でした。勇猛果敢で、英知に優れた海の民ヴァイキングの首領ロロが、フランス国王シャルル3世に命ぜられて統治した国、ノルマンディー公国。波乱の歴史を刻んだこの公国は、素晴らしい建築・装飾美術をヨーロッパ全土にもたらしました。
ナポレオンⅢ世時代に制作された、フランスのノルマンディー地方を象徴するダイニングフルセットです。
ヴァイキング達は、ノルマンディーの広大な大地を開拓しました。また、キリスト教に改宗することで、敬虔な信者に生まれ変わったのです。海で培った知識と技術で多くの教会・修道院・城を建設・再建し、ヨーロッパで最初に確立された建築様式、「ロマネスク建築」を発展させます。次第に国力を向上させ、1066年、遂に7代目ノルマンディー公ギョーム(ウィリアム征服王)がイギリスを征服。ノルマン人の政治的躍進が始まります。勢力拡大に伴って、ノルマンディーの文化、とりわけ建築・装飾美術様式は、イギリス、スペインなどの大国に多大な影響を与えます。その後、百年戦争終結で公国はフランスに併合されますが、1492年新大陸発見に始まった大航海時代は、造船・貿易が盛んなノルマンディー地方に莫大な富をもたらします。多くの新興ブルジョワが、王侯貴族並みの生活を楽しむようになります。高級家具の需要拡大は、ノルマンディーの家具製作・装飾技術をさらに向上させ、円熟させていきました。
贅の極みであるダイニングフルセット。全体に惜しげもなく使われている艶やかなヨーロピアン・ウォルナットは、非常に高価かつ入手が困難な木材で、宝石並みの価値と称されています。
セットの中心となるのは、見上げる高さのキャビネットです。その堂々たる風格に、かつて所有していた邸宅の途方もない規模を想像させられます。下部中央の扉には、東方風のスカーフを頭に巻いた船乗りと、四方を囲む海の神ポセイドンの使い・イルカの姿。所々に、ノルマンディーの歴史と文化が表現されています。精密に作られた蝶番が、一枚板の扉のずっしりとした重量を、楽々と支えています。技巧の華麗さと、それを支える工学的技術。ノルマンディーの家具作りの高度さを、ここにもうかがうことができます。
そして、大理石張りのサイドボード。連続的に彫刻された球体は、黄金のリンゴのように盛り上がり、所々にノルマンディー公国の象徴、ライオンが厳めしく「悪魔」を追い払っています。立体的意匠と繊細に加えられた手仕事。端正で緊張感のある品格が漂っています。
伸縮可能なダイニングテーブルと革細工の椅子。椅子背もたれには、イルカの躍動的な姿が革細工されています。背もたれ下部には、当時リヴァイヴァルされ、世界中で大流行したロマネスク様式のアーチが施されています。
このように、ダイニングセットが完璧に揃って見つかることは極めて珍しいこと。豪奢な家具ひとつひとつの、隅々までつくされた手仕事を眺めているだけで、当時のブルジョワジーの生活が偲ばれます。
ヨーロッパが築き上げた文化・技術・膨大な富が、人々にもたらしたもの。黄金期のヨーロッパにしか存在し得なかった美と贅の神髄を、時を越えてこの家具は静かに物語っています。
・テーブル 横幅130cm 奥行98cm 高さ71cm
・チェア 横幅44cm 奥行48cm 高さ130(48)cm
・キャビネット(大) 横幅170cm 奥行60cm 高さ283cm