RECOMMENDATION

夢織のおすすめ

プチポワンチェア―6脚セット<br />
1870年代 ドイツ

プチポワンチェア―6脚セット
1870年代 ドイツ

19世紀、ドイツ。1830年代以降の産業革命の成功により、膨大な富を有するブルジョワジーが数多く台頭します。1871年には、かつて300の領邦に分裂していたドイツが、プロイセン王国国王ヴィルヘルム1世を皇帝に戴き、ドイツ帝国として建国します。ひとつになることでドイツは国力を充実させ、ヨーロッパに強国として君臨します。
そんな時代の中、教養高いブルジョワ階級の財閥や銀行家の妻たちが、フランス風サロン文化を取り入れていた皇帝に影響を受けて、哲学的な議論や音楽や文学的な会話を楽しむサロン文化を花開かせました。

今月の夢織のおすすめは、1870年代ドイツ製プチポワンチェアセットです。豊かな経済力を背景に、ゲーテやシラーが育んだ自由な精神に貫かれる知的な世界観。ブラームス、メンデルスゾーン、ワーグナー、シューマン、シュトラウス…綺羅星の様な音楽家達が築き上げたヨーロッパ屈指の音楽的土壌。19世紀ドイツの、豊かで高尚な暮らしが図り知れる、特別な逸品です。
それでは細部を見ていきましょう。

木彫で装飾された教会の椅子、革を張った食堂の椅子、シルク地を張ったフランス風のドローイングルームの椅子………椅子には様々なスタイルがありますが、このように前面に刺繍生地が使われるものは、極めて贅沢なお品と言えます。

  • ドイツ帝国皇帝ヴィルヘルム1世 (1797~1888)

  • オーバル型の背もたれ。頭頂部中央に木彫された、紋章型の彫刻と左右に広がる丸みのある葉文様が気品のあるアクセントとなり、椅子の背もたれをカルトゥーシュ(装飾額)のように見せています。カルトゥーシュに囲まれた刺繍の布地は、贅沢にも全て手刺繍が施されています。深みのある赤は、気品の印。「赤」という色彩に対するヨーロッパの人々のイメージは、「高貴」そのものに集約されます。絶対君主の、毛皮と宝石をちりばめた深紅のマント、高位聖職者が身に着けるフランドール産の最高級の緋の衣、エカテリーナの王冠に煌めく巨大なルビー………私達は、肖像画や古城の装飾にしばしば高貴の赤を見つけます。赤の染料は、色落ちがしやすく、永遠に色あせない「赤」を作り出すことは、染色の歴史そのものと言えるでしょう。

  • 左上)コジモ・デ・メディチ(1389~1464)ルネサンスのパトロン、メディチ家当主。 右上)フランツ2世(1768~1835)神聖ローマ帝国最後の皇帝 左下)エカテリーナ2世(1729~1796) 権力者の肖像には、赤のイメージが多く見られる。エカテリーナ2世の王冠(右下)は、5000余りのダイヤモンドと、鶏の卵大の414.3カラットのバラス・ルビーで装飾されている

  • ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(1749~1832) フリードリヒ・フォン・シラー(1759~1805) ゲーテやシラーが説いた自由と不屈の精神は、ドイツ人の思想に深く影響を与えた

  • 深い赤を背景に、スミレやバラが刺繍されています。円を描く花々。花一輪一輪に表情があり、花のいのちが息づいています。中心には、バラとスミレのブーケがプチポワン刺繍され、しなやかに束ねられた可憐な花々の甘く清々しい香りさえ感じられます。1平方センチに200以上のステッチを加えるプチポワンは、オーストリア・ハプスブルグ家のマリア・テレジアの庇護の元発展した刺繍技術です。様々な宝石や豪華な調度品に飽き、鎖国をしていた日本から、入手困難な漆器を取り寄せコレクションをしていたという高尚な審美眼をもつ女帝が好んだプチポワン。拡大鏡片手の気の遠くなるような緻密な作業と、精巧な指先の感覚が必要で、視力を失う職人も少なくありませんでした。

  • 装飾額カルトゥーシュ

  • 左)フェリックス・メンデルスゾーン(1809~1847) 裕福な銀行家のメンデルスゾーン家が主催する音楽サロン「日曜音楽会」は、プロとアマチュアの音楽家の交流の場として、盛会を極めた。長男フェリックスは後に世界的な作曲家へ成長する。 右)マリア・テレジアの前で演奏するモーツアルト

  • 背面・座面といった、摩擦でダメージを受けやすい椅子の張地にプチポワンを使うという贅沢。驚くほどの保存状態の素晴らしさは、邸の召使たちの丹念な手入れの賜物でしょう。また、おそらく選び抜かれた機会にしか使用されなかったのではと推測され、ものを大切にするドイツの堅実な精神を垣間見ることができます。そして、この椅子が置かれていた邸宅の規模が量り知れます。

  • ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827) ヨハネス・ブラームス(1833~1897)

  • カブリオールレッグ。S字型のラインを描く獣脚。カモシカの脚をイメージしたと言われている。日本では通称「猫脚」と呼ばれている。

  • 漆黒のカブリオールレッグ。この椅子の大きな特徴です。通常のカブリオールレッグが描くS字より、少し反り気味のライン。腰かける人の身体をしっかりと受け止め、漆黒の木肌が、流れるようなラインを艶やかに演出し、椅子にエレガントな風情を加えます。 選ばれた6人のための椅子。邸の主人が、上流社会から選び抜いた人々。特別な日のための椅子。朗読された詩、空間を満たすように流れた音楽、そしてそこに満ちていた人々の暖かな幸福感………在りし日の、ドイツのお邸のお話。 そんな時代を経て、この椅子は次にどのようなお方の元へ行くのでしょうか………。