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大英帝国として世界の中心に君臨した、英国の最盛期と評されるヴィクトリア女王治世時代。「世界の工場」と評され、産業革命で大成功を収めた英国は、自由貿易体制が整えられ、ギリシャやローマの強大な古代帝国に例えられるほどの黄金期を迎えます。鉄道が網目のように国土に張り巡らされ、旅行ブームが到来しました。電気が実用化されて、外灯が夜のロンドンを照らします。南アフリカで、ダイヤモンド鉱山が発見され、最高級のダイヤが英国に持ち込まれました………英国全土が、かつてない繁栄に踊っていたのです。産業革命に代表される文明の発達と共に、文化、芸術も飛躍的に発展します。
英国を代表するマナーハウス・ウォーバンアビー城の城主、ベッドフォード侯爵夫人アンナ・マリアが始めたアフタヌーンティーは、ヴィクトリア女王をはじめ王侯貴族に影響を与えます。英国を象徴する紅茶の文化として根付き、今日では世界中の人々の憧れのティータイムとして知られています。そのアフタヌーンティーを華麗に演出するため、家具などの室内装飾品も黄金期を迎えます。
英国では、この時代に制作された価値ある家具、陶磁器、調度品などに敬意を込めて、ヴィクトリアンと言います。
そんな大英帝国絶頂の時代をまさに象徴する、ヴィクトリアンシフォニエ。見上げる高さ2メートル25センチ。家具というより、荘厳な建造物のような風情。シフォニエとは、19世紀初頭からヨーロッパの富裕層の食堂や客間の壁際に、台座付きのサイドボードと共に置かれた装飾家具です。
本品は、他のシフォニエとも一線を画す、贅沢にも一枚板の分厚いマホガニーを切り出し透かし彫刻が施された、特注で制作された逸品です。どんな素敵なマナーハウス(貴族の館)に飾られていたのでしょう。想像が膨らみます。それでは細部を見ていきましょう。
ドーム型透かし彫刻
まず、目を奪われるのは、頭頂部の繊細な彫刻です。美的で個性的なデザインのアカンサスの葉が、左右から柔らかに折り重なるように施され、みずみずしささえ感じ取れます。続けて籠の網目のような透かし彫りが繊細に、かつ力強く頭頂部全体を彩ります。そして最頭頂部には、紋章のようにアカンサスの彫刻が格調高く施されています。頭頂部を支える前方の2本の柱は、さらに2本の柱に彫り込まれ、華奢な印象を与えながらも清々しい雰囲気を演出しています。硬いマホガニーに、これだけ柔軟なフォルムを加えることができた木彫士の技術に感服し、ヨーロッパの装飾芸術の奥深さに感嘆させられます。
中央の鏡張りとチッペンデール様式の柱
どこか神聖なたたずまいはとても印象的です。かつて、そこには邸自慢の装飾品が置かれ、背部の鏡にはきらびやかなシャンデリアや、優美な草花の彫刻や金彩が施されたパネル状の壁、マントルピースに飾られた花々が映し出されたことでしょう。左右にも繊細にカッティングされた鏡がしつらえられ、部屋の広さや奥行を美しく映し出します。中央の2本の柱はチッペンデール様式を体現しており、荘厳な雰囲気を演出します。シフォニエを優雅に支えるカブリオレ・レッグは、アカンサスや籠の網目模様の曲線と響き合い、シフォニエをさらに魅力的に仕上げています。
ブロンズ装飾とショーケース内
ヴィトリンの細部を飾るのは、きらびやかな輝きを放つブロンズ装飾です。全て当時のオリジナルのものです。左右の棚の側面にはロカイユとアカンサスがデザインされ、中央と左右にある引出しには繊細な取手がしつらえてあります。細部にまで華やかさを忘れないヴィクトリアン様式の美意識の高さは圧巻です。
高貴さ、華やかさ、格調高さ・・・その全てを共存させている装飾家具。
家具と呼ぶよりは、彫刻作品のような佇まいです。この作品について語ることは、「称賛」に終始するのみです。言葉では表現し尽くせない素晴らしさが、ここに存在しています。
ヨーロッパ史上稀に見る黄金時代を見守ったヴィクトリア女王の時代に生まれた、神話のような美の創造物。感動と畏怖が、波の様に訪れ、静かに心を満たします。
世界一幸せな女王と言われたヴィクトリア女王は18歳という若さで即位し、イギリス王国最長の在位63年を誇りました。アルバート公との結婚では、9人の子供に恵まれ、世界の王室のモデルと言われました。
ヴィクトリア女王の生涯の友であったベッドフォード侯爵夫人は、ランチから8時を過ぎるディナーまでの時間に、親しい友人を招いて紅茶とお菓子を振舞うアフタヌーンティーを流行らせました。秘蔵の銀器やとっておきのお茶道具を選んでもてなすことは、上流夫人の教養の一部でもありました。夢織の扱う英国紅茶スキティーは、このアフタヌーンティー発祥のウォーバンアビー城で提供される唯一の紅茶です。
チャールズ・ディケンズ、アーサー・コナンドイル、ルイス・キャロル、アーツ&クラフツの創始者ウィリアム・モリス、作曲家エドワード・エルガー…数々の優れた芸術家が生まれた時代でした。文化奨励を国家的事業としたアルバート公の功績は、文化の黄金期となって実を結びました。また、この頃から芸術家が社交界に出入りするようになったと言われています。(写真はルイス・キャロルの不思議の国のアリス、ダンテ・ロセッティ「プロセルピナ」、エドワード・エルガーとロンドン交響楽団)
ヴィクトリア女王が、文化の発展に力を注いだのに伴い、街中で数多くの展覧会が開催され、一般の庶民も芸術を楽しめるようになりました。その結果多くの芸術家が活躍し、社会的地位を得ました。 また、画家達は新たな発明である「写真」にも影響を受け自分達の作品に反映させました。 (写真はターナー、ミレー、ホイッスラーの作品)
建築スタイルに影響を受けず、室内装飾やファッション主体の美的様式であったフランス生まれのロココを、イギリスに持ち込んだのはトーマス・チッペンデールでした。ミラーや天蓋付きベッド、マントルピースの豪華な演出、中国趣味を盛り込んだ室内作りは、イギリス貴族のステイタスとなり、イギリス風のロココ様式は上流社会に定着しました。
1760年頃に制作されたトーマス・チッペンデールのキャビネットです。荘厳な佇まいは本品にも通じます。
英国で最も影響力のあった家具師トーマス・チッペンデール。写真の柱はチッペンデールのシノワズリデザインを象徴する装飾です。本品は、チッペンデールのデザインを継承し華麗な装飾が加えられた、ヴィクトリア女王治世時代の繁栄を象徴するシフォニエです。
英国史上最も称賛される木彫家、グリリング・ギボンズは、「王の彫刻家」と賛辞され、チャールズ2世やジョージ1世の命で、ウインザー城やセント・ポール大聖堂に数々の傑作を残しています。ギボンズによって彫刻された果物や植物、動物は、まるで命を得ているようだと評価されました。後世では、シノワズリを流行させたトーマス・チッペンデールに多大な影響を与え、その後歴史に埋もれていましたが、本作が製作された19世紀にはリバイバルブームが起こりました。