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秋の夕暮れ、パリの街を赤く染めるマロニエ(西洋栃の木)の街路樹。
夏の盛りは瑞々しいその葉が木陰を作り、赤や白の花を咲かせます。
秋になると、緑色の木の実は褐色に変化し、中から茶色く輝くマロン(栃の実の種子)が顔を覗かせます。
そのマロニエの木を、アール・ヌーヴォーの巨匠エミール・ガレが、彼独自の世界観で照明作品へと昇華させた珠玉の逸品です。
アール・ヌーヴォーがヨーロッパを席巻し、印象派から象徴主義が台頭してきた世紀末ベル・エポックの時代、ガレのガラス作品は、それまでの透明感あるクリスタルガラスから、見る者の想像を喚起する幻想的な魅惑の作品へと変化していきます。
言葉で表現するには難解なイメージの世界を、曖昧模糊とした色や形を用い象徴的に表現しました。
ガレが本格的に照明作品の制作に力を注いだのは、電気が通るようになった1902年頃からです。1904年に亡くなるガレにとって、その晩年に制作された照明作品は、彼の集大成と言えるものでしょう。このテーブルランプも、1903年頃に制作されたもので、一瞥して全体像を理解できる作品とは一線を画す、ガレ晩年の稀少な逸品です。それは自然界の光、生命の源である太陽を、永遠の輝きとして照明の中に閉じ込めようとしたのでしょうか…
ガレの晩年の大作は、有名な「ひとよ茸ランプ」のように、作品自体が植物の花や果実の形と一体化する傾向があります。そして、この照明も、大地に根を張る一本のマロニエの木で構成されています。ブロンズ製の土台に、大胆にデフォルメさせたマロニエの実が配されています。金具の土台にデザインされた新緑のマロニエの葉は生命を、そしてシェードの栃の実は生命の終わりと、そして次に芽生える新しい命の力を秘めているようです。そこに光を灯したときに放たれる燃えるような橙色は、まさに生命の源である太陽の光り…
現実と幻想の間を浮遊するかのような多義的な造形の世界。
ガラスの詩人と賞されたガレの詩的な世界観が、このテーブルランプには体現されています。
カメオガラス
シェードのカメオガラスは、素地のガラスにワインレッドとダークなボルドー色の被せガラスを二重に施し、葉脈の筋目を一筋ずつ丁寧に削り出しています。光を入れると、その葉脈はまるで炎の揺らめきのようにリアルに表現されています。それはパリの空を赤く染める夕焼けの明かりでしょうか・・・ガレ工房の熟達した職人たちの技がここに込められています。
陶磁器、クリスタルガラス、家具と多岐にわたって制作を行っていたガレ社。その心臓部と言えるのが、ガレ自身のアトリエでした。そこでは助手がガレの監督のもと、作品の素材となる木、金属、ガラス類のデザインに加え、エナメル彩など装飾専門の職人のための水彩画も用意していました。この他のスタジオでは新しい色彩の開発を行う科学者も抱え、最盛期には200人もの社員に膨れ上がりました。
金具部分
瑞々しいマロニエの葉を土台部分にあしらい、木の幹を柱に、上部には棘のあるマロニエの実がそっと施されています。植物の構造に論理的な処理を加えて作品のフォルムやパーツに用いる。有機体の器官に発想を得た装飾様式はアール・ヌーヴォーの特徴であり、植物学者ガレの類まれな才能の豊かさをそこに見ることができます。
ガレはナンシーにその創造の源を求めつつも、顧客の大多数はパリに住む新興ブルジョアや上流階級の人々でした。パリの高級宝飾店エスカリエ・ド・クリスタルにいくつかのモデルの独占販売権を保証したのは、そのような顧客の獲得が目的だったのでしょう。この他にも、Bapst & Falizer社もガレの作品の金具を制作しており、ロシア皇帝ニコライ2世に授与されたガレのガラス器2点もBapst & Falizer 社のスタンドが用いられています。
サイン
シェード下部に「galle」の文字が刻まれています。縦長のこのサインは1903年頃、ガレの生存中のものであることをうかがわせます。ガレのサインはあくまでも商標ブランドであり、工房の職人によって入れられました。そのため完全にすべてのパターンが網羅されているわけではなく、特にガレ生存中のサインは様々な形のものが存在します。1904年、ガレの死後は、ある程度一定のマークが使われるようになります。
人生の終わり、白血病を患い58歳で晩年を迎えたガレの愉しみの一つは、療養先に妻から送られてきた楽譜を頭の中で奏でることだったそうです。
芸術家と経営者、二つの顔を持ち、芸術への不屈の情熱を滾らせ続けた孤高の芸術家エミール・ガレ。
ガラスの装飾という魔法をかけられた珠玉のランプたちは、今も世界中の人々に、希望の光を与え続けています。そしてこの作品も、マロニエという木に、生と死、繰り返される生命の輪廻を象徴的に表そうとしたガレ作品の真骨頂が表れています。