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ステンドグラス―その起源は645年イギリス、聖ペテロ修道院の壁面を飾ったガラス装飾と、文献に記されています。色鮮やかなガラスの小片を紡ぐように鉛で留め、パズルのように絵柄を創り上げるガラス工芸。精密に組み合わされた細部の図柄が互いに繋がり合い、ひとつのパノラマを創り上げるその技法は、教会や僧院、邸宅など、ヨーロッパの主要建築には欠かせない装飾芸術として、千年以上の歴史を重ね、今日まで人びとに愛されて来ました。
大英帝国最高の繁栄を誇ったヴィクトリア時代に制作された4枚セットの貴重なステンドグラス。産業革命で成功した新興ブルジョワジーは、次々と大邸宅を建築させます。彼らは、絶対王政時代の専制君主が好んだ東洋趣味を取り入れました。特に日本趣味を象徴する鳥のモチーフをエナメルで描いたステンドグラスは、ヴィクトリア期の装飾芸術を代表するものです。
この作品は4枚一組で完品のまま揃ったもの。高さは110センチ、4枚並べると幅140センチ近く。迫力ある大きさ。息を飲む美しさ。かつてこの作品が飾られた邸宅の栄華が偲ばれます。裏面鉛止めの部分に、ワイヤーが2本残っています。エナメル画が全く損なわれていないことから、ワイヤーで室内に固定されていたことが推察されます。
4つのステンドグラスが、連なって美しい湖辺の光景を創りあげています。ガラスの上に生き生きと描かれた花や植物、鳥や昆虫。眼前に広がる世界は、屏風絵が見せる物語的な眺めを彷彿とさせます。
では、細部を見ていきましょう。
つぼみを付けたばかりの桜の枝に、春を告げる燕が羽を休めています。ゆらめく湖面の遠くには、萌えあがる青い森の影。微風にそよぐ葦の葉の周りを、蝶や蜻蛉が瞑想的に飛び交います。
ゴシック様式の尖塔型の教会の天井部分は、交差する鋭いアーチで支えられます。高く、高く、神の国に向かってそびえ立つ尖塔。重厚で堅固な壁に囲まれたロマネスク様式教会に代わって、ゴシック様式の建築構造は強度に優れ、壁面最上部にまでステンドグラスをはめ込むことを可能にさせました。壁一面に嵌め込まれた巨大なステンドグラスから差し込む光の万華鏡は、礼拝堂をより神聖な空間に昇華させたのです。
4枚のステンドグラスの頂上部は、ゴシック様式壁面の装飾トレサリー(窓組子)のフォルム。ヴィクトリア時代、カソリック的精神世界を評価する運動により、再流行したゴシック様式のスタイルが、神秘的なニュアンスを加えています。
矩形のガラスの上に、広がる鮮やかな花鳥画の世界。伸びやかに飛ぶツバメを見上げる菖蒲。輪郭線で描かれたしなやかな葉が、微風にあおられ美しい曲線を描いて揺れています。菖蒲の硬いつぼみから、柔らかな花弁が芳しく顔を覗かせ、湖の水面には静かに波紋が広がっています。
画は顔料を油や松脂で練り、ガラス表面に彩色して低温で焼き付けるエナメル彩という技法が使われています。ガラスに色彩を焼き付けるという工程は、しばしばヒビや破損を招くため、極めて難易度が高く職人の技術が問われます。ヴィクトリア時代は、ゴシックリバイバルの影響でステンドグラスが大流行したため、名立たる工房が技術開発にしのぎを削りました。
遠方に覗く葦の葉の手前、水面に睡蓮の花が浮かんでいます。物憂げに風にそよぐ菖蒲は四分咲き。初夏の訪れです。4枚のステンドグラスに特徴的に現れているのは、斬新な構図。掛け軸の様な、限定された長方形のアングルに、大胆に空間が取られています。印象的な配置で描かれる花々と鳥。曲線を重視して描かれる桜の花や、枝の特徴的な質感を描くテクニックに、浮世絵の技法が施されています。
大振りに咲く桜、満開の菖蒲、葦は風にそよぎ、睡蓮は優雅に花弁を広げ水面に漂っています。対の蝶は舞うように飛び交い、愛らしい羽を細かに揺らします。蜻蛉はオパール色に輝く羽を広げ、湖面に遊びます。
淡いペパーミントグリーンの矩形のガラスの表面は、見ると、一枚一枚色彩が微妙に変化しています。緑がかすかに深いもの、少し赤みが入っているように見えるもの、透明度が高いもの。時おり、全体に薄っすらと銀色を帯びて見えるのは、光のいたずらでしょうか。ガラスの表面は水面の波紋のような波型に成型されています。湖面の光が、そのまま映される空。
清廉な朝日、まばゆい午後の光、物みな全て茜色に染まる黄昏、茜色が瑠璃に溶ける宵………一日を通じて変化する太陽の光が差しかけると、もうひと刷毛色を加えるように、ステンドグラスの表情が変化します。
4枚の風景の物語。
世界は、春から夏で終結しています。美しいものは美しいまま、花々は枯れることもなく。永遠の湖辺に、楽園は広がります。